【岡山・西大寺軽便鉄道・大師駅跡】廃線跡の廃駅!最寄りのバス停は?
こんにちは〜!
カワタツ( @TKkidd_mbht )です!
「どーも!
デルピエロです!」
この記事では家の近所、
岡山市中区にある、
廃線の駅跡
を紹介します!
「岡山の廃線跡だと、
三蟠鉄道と岡山臨港鉄道も、
行ったね」
廃線跡って、
サイクリングしたり、
ウォーキングしたり、
運動するのにも楽しいですよね。
「大抵まっすぐ道が伸びてて、
昔の風景も垣間見れるしね」
さて紹介するのは、

西大寺鉄道の、
大師駅跡です!
「西大寺鉄道?
西大寺から中区のこの辺りまで、
鉄道が伸びてたの?」
それについても、
説明します!
一番歩かなくて良いアクセスと、
西大寺鉄道の他の遺構についても、
書いてます!
西大寺鉄道とは?
「さて西大寺鉄道について、
説明してもらおうかな?
片方の起点が東区の西大寺だというのは、
名前でわかるけど」

その通り。
西大寺鉄道は、
現在の西大寺バスセンターから、
東岡山駅を通り、
大師駅を通って、
後楽園までの11.5kmを、
結んでいた軽便鉄道なんだ。
「軽便鉄道?」
線路が軽く狭軌で作られたため、
安価で線路が置くことができた鉄道。
「狭軌なのか。
どの位の幅なの?」
914mmとの事。
「1mないのか!」
もしメジャーとかが家にあれば、
1m伸ばして線路の幅を、
実感してみてください!
「という事は、
後のトラック輸送の時代には、
必要がなくなり、
廃線になったって事?」
赤穂線とルートが被ってて、
国からの指示で廃線になった方が、
大きな理由だけど、
軽便鉄道の廃止には、
その理由が多いね。
採算は取れてたらしく、
残念ではある。
「採算取れてたのかよ」
もしかしたら、
「採算は取れてるけど、
10年後は分からない」
位で思い切って見切りをつけたのかも。
「赤穂線開通と、
トラック輸送で売り上げが減るからか」
1910年(明治43年)に開業し、
52年間、岡山ー西大寺間、
荷物を運び続けた。
そして西大寺鉄道の廃線跡は、
自転車道になり、
西大寺鉄道の会社は両備バスと合併。
大師駅跡へのアクセスは?
さて、一通り西大寺鉄道も説明したので、
ここからは大師駅が、
どの辺りにあるのか、
アクセスを説明していきます。

「この駅名標まで、
どう行けば良いの?」
大師駅跡、
住宅街の中の細い道沿いにある。
「これは車は止めにくい感じか?」
駐車場は近くに見当たらないな〜
自転車だと気楽で良いんだけどね〜。
「電車やバスだったら?」
どっちかと言うと、
バスの方が歩かなくて良い
と思うんだよね。
そしてGoogleマップを調べてたら、
意外にも最寄のバス停は、
3ヶ所あるみたい
「意外と交通の便は良い所か」
3ヶ所とも岡山駅から、
乗ることができます。
全て宇野バス。
一番近いのは雄町中のバス停。
岡山駅から宇野バス東岡山線に乗り24分、
徒歩8分で大師駅に行ける。
もう一つは国道250線沿いの、
高屋東バス停。
こちらは岡山駅から25分、
徒歩10分で少しだけ時間がかかるけど、
こちらは国道2・250号線、
瀬戸駅・ネオポリス線と、
2つの路線が走ってるので、
便数はこちらの方があるだろう。
「今の所高屋東バス停が、
一番良いって事だな」
もう一つは四御神線のバス停。
岡山駅からバスで25分、
徒歩15分。
「ちょっと歩くな」
これだと高島駅からと、
歩く距離があまり変わらないかも。
「高島駅から歩く場合は?」
岡山駅から電車で6分、
徒歩20分。
「高島駅から歩いた方が、
トータルでは一番早く着くな。
歩く距離は長いけど」
公共交通機関で行きたい人、
好きなバス停を選んで行ってみてください!
「僕だったら行きは電車、
帰りはバスかな」
西大寺鉄道大師駅とは?
さてアクセスについてが長くなりました。
2020年8月、
大師駅に「駅名標が立てられた」
と聞いて行ってきました。

「白い部分が元ホームって事かな?」
そんな気がする。
手前の道路も廃線跡だよ。

こいつを文字起こししてみるか。
「いつものやつだ」
冒頭の西大寺鉄道については、
この記事でも説明したので省きます。
市民からは、
「けえべん(軽便鉄道)」の名で、
親しまれていました
「「軽」を「けえ」と発音するの、
岡山らしいよね〜」
この「けえべん」は、
11.4kmを約40分かけて、
ガタゴトと田畑の中を、
のどかに往復していました。
自転車を積み込める、
架台が付いた車両もあり、
西大寺会陽(えいよう、はだか祭り)
の際には車両の屋根の上まで
乗客があふれていました。
「今は岡山から西大寺まで、
赤穂線で20分位だから、
「けえべん」だと、
倍近く時間がかかったんだな」
のんびりした景色が想像しやすいね。
自転車を乗せられる車両は、
どこかの鉄道会社が、
実現してくれないかな〜?
大師駅開設当時は「関駅」、
その後「幡多駅」(はた)と
呼ばれていました。
大正5年(1916年)10月7日、
鳥坂山(とっさかやま)の
虚空蔵大師(ゴロゴロ大師)へ
参拝客が激増したため、
「大師駅」と改称されました。
関も幡多も、
この辺りで今でも使われてる地名。
「この虚空蔵大師って、
行ってたりしないの?
気にならない?」
山を登らないと行けない様で、
面倒くさくてやめた
まとめ
- 西大寺鉄道は1910年から52年の間、現在の西大寺バスセンターから後楽園までを結んだ軽便鉄道。
- 大師駅跡の近くに駐車場はない。岡山駅からは宇野バス東岡山線の雄町中バス停か国道2・250線・瀬戸駅ネオポリス線の高屋東バス停がなるべく歩かなくて済む。高島駅まで電車に乗り歩くのが一番トータルの所要時間は短い。
- 大師駅は関駅、幡多駅と名前が変わり、鳥坂山の虚空蔵大師駅への参拝客が増えたため「大師駅」と名前が変わった。
他に西大寺鉄道の廃線跡はある?
「他に西大寺鉄道の廃線跡はある?」
結構あるんだけど、

先程も話した西大寺バスセンターに、
車両が置いてある。
「これは良いね」

この建物が西大寺鉄道の西大寺駅の、
駅舎だったらしい。
「古そう」

岡山市中区長利にある、
長利駅の駅名標。
「ここは公園の中に、
駅名標が立ってるんだな」

中区竜操外科病院の横にある、
西大寺鉄道の橋脚跡。
「これ、言われないと、
橋脚だって分からないな」
その割にTwitterにこの写真を載せると、
めちゃめちゃ反応が良かった
さらに西大寺鉄道の廃線の名残を、
探していきたいです!
「地元だし、
他の人がまだ見つけてない様なのを、
探したいな!」
それでは今日はこの辺で失礼します!
「さようなら〜!」
最後まで読んでくれて、
ありがとうございます!
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