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【三蟠港】四国への玄関口で昔は栄えた港?いつからあった?

2023年3月12日

こんにちは〜!

🤡「こんにちは!」

🤡「ねえ。

こないだ、

三蟠鉄道

の記事を書いてたよね!」

そうだね。

それがどうかした?

🤡「いや、

三蟠鉄道の片方の起点

三蟠

って、

鉄道が引かれるほど、

重要な拠点だったの?」

まあ、

三蟠には港があった

んだけど、

じゃあ、この記事で、

  • 三蟠港はいつからある?
  • 宇野線の開業で衰退?
  • 三蟠鉄道を開業!
  • しかし時代の流れに押されて港も鉄道も衰退?

この4点を説明して、

三蟠港について説明していこうと思います!

大半はwikipediaから引用してます!

信憑性なくて、

すいません!

wikipediaより分かりやすく、

書いたつもりです!

三蟠駅付近からの岡南の工場の眺め
岡南大橋

この辺り、

景色も良いので、

サイクリングなどにオススメです!

三蟠港はいつの時代からある?

旧三蟠駅の駅舎。現在は釣具屋さん

🤡「三蟠港、

いつ頃からあるの?

明治時代くらい?」

三蟠港は1692年(元禄5年)に実施された、

沖新田の干拓事業に伴い、

建設された。

岡山市内の京橋港に対する外港として、

交通の要衝として長らく繁栄していた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/三蟠鉄道

🤡「え?

1692年

に建設?

三蟠港は江戸時代からあった、

港だったのか!」

そうなんだよ。

岡山市内から船を乗り換えて海へ出るための港?

三蟠港の跡。岡山市長 安宅敬祐さんの名前、懐かしく感じる。

岡山城に近い、

京橋の港から、

三蟠港で船を乗り換えて、

海に出るための港だったのかな。

山陽鉄道は1903年(明治36年)3月、

岡山-高松間に連絡航路を開設し、

岡山京橋の船着き場から、

旭川 (岡山県)を船で下り、

三蟠港沖の連絡船、

玉藻丸へ乗り継いで、

高松へ向かっていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/三蟠鉄道

🤡「その海へ行く船で、

三蟠港から、

瀬戸内海を渡って、

高松まで行ってたのか!」

三蟠鉄道資料館。入る事はしなかった。

水運がメインの時代だと、

今と拠点が全然違う。

面白いよね。

この本にも、

金岡とかとか、

現代では今はただの住宅地の、

港の名前が度々出てきます。

🤡「岡山の昔の姿を知りたい人、

読んでみてください〜!」

というわけで、

三蟠港は京橋から船を乗り換えて、

瀬戸内海を渡って、

四国へ渡る事のできる港でした!

宇野線開業で三蟠港は衰退?

しかし、

🤡「しかし?」

1910年(明治43年)の宇野港開港と、

国鉄宇野線の開業により、

三蟠港は対四国連絡の、

玄関口としての機能を事実上失って、

地位が低下し始めたことから、

その対策として、

三蟠鉄道の建設が行われた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/三蟠鉄道

🤡「宇野線が開業して、

四国へ渡る船が、

宇野港に取られちゃったのか!

三蟠港を経由して、

四国へ行く船が、

少なくなった!」

明治天皇御上陸記念碑。四国へ渡る時、三蟠湊から乗船した?

そして岡山市中心部から、

三蟠港までモノを輸送するために、

三蟠鉄道が作られたわけだ。

🤡「あ、

三蟠鉄道開業って、

宇野線開業より後なんだ!

そこから旅客より、

輸送メインの鉄道になったのかな?」

そう。

三蟠から桜橋の岡山ガスまで、

石炭を輸送するのが、

目的だったみたい。

というわけで、

宇野線の開業で、

三蟠港は衰退!

そのため三蟠鉄道が作られ、

三蟠から桜橋まで石炭を輸送しました!

時代の流れで三蟠港・三蟠鉄道は衰退・廃止?

しかし、

三蟠鉄道を作っても、

三蟠港の衰退は、

止まらなかったみたいです。

🤡「マジか〜!」

この時代、

今廃線になってる鉄道には、

良くある話だけど、

時代の流れに、

付いていけなかったみたい😅

その後、

小型内燃機関を搭載した船舶が登場し、

旭川を遡って航行する事が可能になり、

三蟠港は京橋の外港としての、

地位を失った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/三蟠鉄道

らしいです。

🤡「小型船の台頭!

それで三蟠港も、

さらに廃れていったというわけか〜」

そして三蟠鉄道も、

バスの台頭などにより、

経営が悪化。

1931年に休止、

そして廃止されたらしいです。

🤡「今は広い道路側を、

岡山駅から三蟠あたりまで、

岡電バスが走っているよね」

そうだね。

というわけで、

旭川を遡って走る船や、

バスの台頭で、

三蟠港と三蟠鉄道は役目を終え、

廃止されました!

まとめ

  • 三蟠港は昔は栄えてた港。
  • 江戸時代に建設された。
  • 京橋から三蟠港で船を乗り換えて、四国へ渡る事のできる港だった。
  • 宇野線開業で三蟠港は衰退。その後、三蟠鉄道が三蟠から桜橋まで作られた。
  • 旭川を遡って走る船の台頭で三蟠港は衰退。三蟠鉄道もバスの台頭で廃止に。

🤡「現在も、

バスがほぼ同じルートを走ってるから、

三蟠鉄道は存続できなかったね〜」

三蟠駅があった所には、

資料館があるので、

入ってみてください!

(僕は入った事ないけど😅)

この辺りにサイクリングするのも、

楽しいです!

岡山臨港鉄道や、

西大寺鉄道についても、

記事を書いてます!

🤡「岡山市内の廃線跡!」

以上です!

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それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

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