【赤穂城・大石神社】櫓が残ってる?忠臣蔵で有名な大石内蔵助の像がある?

2020年11月16日

赤穂線の終点の播州赤穂駅まで行ってきました。

片道1時間ちょいで、

往復2時間位の旅でした。

何でわざわざそんな所に行ったのか?って?

電車の旅と未日常を味わいたかったのです。

電車で通勤してる人なんかは、

「いつも乗ってる電車を終着駅まで乗ってみたい」

「いつも乗ってる電車を最寄駅から逆方向に乗ってみたい」

とか思ったことはありませんか?

そういうのを実現させた感じです。

ずっと家と仕事場の往復って飽きてきませんか?

近くでもあまり行かない所に行くと、

いつもよく行く所も違って見えますしなかなか良いですよ。

 

あと、ウォーキングをちょいちょいやってますが、

いつも歩いてるコースをずっと歩くのでは飽きるので、

たまにどこでも良いので電車やバスに乗って、

知らないコースを歩くと気分が良いのです。

今回は写真の多い記事になります。

月曜日昼前の赤穂線は老人といっていい位の人がたくさんいましたね。

ワンマンの2両編成なのでなかなか座れなかったです。

で、播州赤穂駅で降りて南に800m歩いて赤穂城まで行きました。

800mは結構あると思いますが、

これは赤穂の街が昔は結構大きめの町だった事を示しているんじゃないですかね〜?

なんでかって?

主要駅と城(跡)の距離=昔の市街地の大きさ

だと思うんです。

鉄道が敷かれたのって大体明治時代だと思うんですけど、

街の一番端っこにある空いた土地に駅を作って、

当時の市街地の外郭に沿うようにして鉄道を通す。

それで大きな駅の片側が栄えてて、

もう一方は栄えてないとか、

そういう状況が生まれると思うんですね。

脱線しました。

石垣とこの櫓と堀、立派。

思ったより堀が長い。

奥の通路から堀の中に入ります。

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この門をくぐった中にも立派な石垣があります。

真っすぐには進めない様な形。

防衛上、敵がスムーズに入ってこられない様にするための、

時間稼ぎの役目があるんですよね。

残念ながら門の内部は少しだけでした。

天守閣は明治時代に壊されてないそうです。

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大石内蔵助邸の門。

大石内蔵助って割と身分の高い人でしたよね。

こんな立派な門が建てられるのにも、

納得です。

しかし赤穂浪士、実はこの時はそんなに知らなかったです😅

小学生の時、大石内蔵助の漫画を呼んだ位。

赤穂に行った後、

森村誠一さんの「忠臣蔵」上下巻を読みました。

吉良上野介など端っこの事までしっかり調べられてて、

面白かったです!

今、大石神社に行けば、

違った見方ができて楽しいかも?

折角なので少し早いですが「義士みくじ」を引いてみました。

まあ、悪くない、ていう程度の結果でした(笑)

大石内蔵助の像。

感動がそんなにないのはあまり知らないからだろうな。

赤穂浪士の小説あれば読んでみましょうかねえ…。

順序が逆かもしれませんが、

そういう起点もいいかもしれない。

その生涯は真田幸村と割と似てるかもしれない。

余談ですが真田丸が終わって寂しいです。

次の日曜日が来るのが寂しい。

大石内蔵助の巨大絵馬。

大石神社まで割とあっさり終わってしまいました😅

たしか電車を降りて40分くらいしか経ってなかった。

「どうしよう?」と思い、

少し離れた赤穂市民俗資料館に行ってみました。

いやしかし、やはり行ったことがない町に行くのは面白いです。

近場でも行ったことない町があればまた行ってみたいです。

で、できればその町の成り立ちと、

昔の姿を知りたい。

日本全国の町の昔の姿を想像できる様になりたいです。

しかし、そろそろまた遠出もしたいな。

それでは今日はこの辺で失礼します。

読んでくれてありがとうございました!