【大和郡山城跡その2】柳沢文庫とは?郡山城の歴史は?いつ建てられた?

2021年5月6日

こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

2020年2月に奈良を旅行しました。

この記事では、

大和郡山城跡

について書きます。

城が好きな人、

奈良県を観光するのに、

どこへ行くか迷っている人、

大和郡山城を、

散策・ウォーキングしてみて欲しいです!

柳澤文庫とは?

柳沢文庫。

資料館の役割を持ってるみたいですが、

あいにく休館日でした😅

柳沢文庫は地方史誌専門図書館として、

昭和35年(1960年)に開設。

柳澤家歴代藩主の書画や和歌、

俳句などの作品や、

郡山藩の古文書・古典籍や、

奈良県内や柳澤家関連の、

自治体史・歴史・文学系を中心とした、

一般書を保存しています。

http://www.mahoroba.ne.jp/~yngbunko/about.html

開いてれば、城だけでなく、

芸術や文学、

そして大和郡山の歴史を、

その場で味わう事ができたんですね。

残念だな〜。

皆さんは柳沢文庫が開いてたら、

是非行ってみてください!

大和郡山城の理解が進むはずです!

大和郡山城の歴史は?いつ建てられた?

割と大きめの櫓。

追手向櫓(おうてむきやぐら)。

この奥は城址会館。

日露戦争の戦勝記念に、

旧奈良県立図書館として建てられたそうです。

追手門。

大和郡山城の広い曲輪の中で、

唯一の大きい門でした。

豊臣秀長が入場した時、

建てられたらしいです。

前から気になってるんですけど、

「追手=大手?

全く同じ?」と思い、

調べてしました。

追手が先に使われて、

後に大手になったみたいですね。

どちらも城の正面で同じ意味。

城址会館。

旧奈良県立図書館。

立派な建物で、

中に展示とかあるのかもしれませんが、

子供がたくさん遊んでいて、

近付き辛くオジさんは入れませんでした😅

追手向櫓。

大和郡山城唯一の櫓ですね。

追手門を守るために、

建てられたそうです。

ここらで大和郡山城の歴史を説明しておくと、

大和郡山城は筒井順慶が建て、

豊臣秀吉の弟・羽柴秀長が、

大規模改修したそうです。

その後いろいろ大名が変わりましたが、

柳沢氏が入ってから幕末まで続いた。

徳川綱吉時代の大老、

柳沢吉保(よしやす)を輩出。

柳沢氏の様ですね。

この後は再び近鉄橿原線に乗り、

桜井市の安倍文殊院へ行きます。

まとめ

  • 柳沢文庫には書画や和歌、俳句、古文書・古典籍など、奈良県内や柳澤家関連の自治体史・歴史・文学系を中心とした一般書が保存されてる。大和郡山城の理解が深まる?
  • 大和郡山城は筒井順慶が築城、羽柴秀長が大改修し、江戸時代には柳沢氏が入り、明治維新まで続いた。

大和郡山城、歩き甲斐があり、

とても良かったです✨

お金を落とさずに去ったのが申し訳ない😅

柳沢神社にお賽銭100円納めただけ😅

それでは今日はこの辺で失礼します!

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!